みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。
今回はピアノ協奏曲第二番についてお話していきたいと思います。
この曲を描いたのはラフマニノフという人物です。ロシアの作曲家でピアニストでもあります。
12歳の時、ピアニストの従兄アレクサンドル・ジロティに見いだされ、モスクワ音楽院のニコライ・ズヴェーレフの家に身を寄せながらピアノを学び始めます。
18歳の時に同音楽院ピアノ科を主席で卒業し、ピアノ協奏曲第一番を完成させます。
その第1番は24歳の時に初演されましたが、批評家から酷評を受け、ノイローゼ状態に陥り、作曲活動のペースは著しくダウンしてしまいます。
しかし、精神科医のニコライ・ダールによる心理療法、暗示療法で精神状態は徐々に回復していき、自身を取り戻したラフマニノフは28歳の時に第二番を完成させました。
ラフマニノフはこの曲をニコライ・ダールに捧げ、このピアノ協奏曲第2番は初演から成功を収めました。
そこから彼の作曲家としての地位は不動のものとなります。
この第2番は第1楽章から第3楽章までに分かれており冒頭のピアノ独奏による和音連打のクレッシェンドが印象深い。これはロシア正教の鐘の音を模したものとされています。
この曲は日本のドラマなどでも取り上げられたこともあり知名度もそこから上がったようです。
また、この曲はラフマニノフの曲のなかでも最も有名な曲と言っても過言ではないでしょう。
ではまた。
阿加井秀樹
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