2020年2月27日木曜日

ショパン


みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

音楽家の偉人に限らずなにかのトップに立つ人は圧倒的才能を持ちつつもどこか変わった側面を持っている人が多くいるように思います。

今回は変わった側面に目を向けてみたいと思います。

みなさん「ショパン」がご存知だとは思いますが、ショパンは幼いころから天才といわれて現在でも語り継がれるほどの数々の名曲を残しているまさに、天才といわれる人物ですが非常に繊細な一面も持ち合わせており、パリで小さいサロンなどの私的な会場を好んでよく演奏していたそうですが、そこで、聴衆の態度が軽率なことに激怒したこともあったりしたそうです。

そこから体調を崩し始めていったそうです。いわゆる神経性の病気にかかったといわれています。

晩年、自分の寿命を悟ったショパンは自分の家族に会いたいと強く願い家族をパリに誘います。

友人たちも最後の別れをしようと訪ねてきましたが病室に通されたのはごく一部だったそうです。そして、亡くなる2時間前にショパンの体の上に乗りかかって「苦しいか?」と医師が尋ねましたが、ショパンはなにも感じないと答えたそうです。

なんの確認なのかはわかりませんが当時の最終確認でそのような風習があったのでしょうか。

また、死後ショパンの心臓は姉によって故郷に持ち帰られコニャック漬けにされた後、教会の柱に埋め込まれたそうです。

現在では考えられないことですが、ショパン程の偉人となるとなにか宗教的な背景も合わさり神格化された結果なのでしょうか。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月25日火曜日

フランツ・リスト


みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

前回フランツ・リストという人物に対しての深堀りができていなかったので今回、リストはどんな人物だったのかご紹介させていただきます。

フランツ・リストは1811年に当時の王政ハンガリーといわれる現在のオーストリアで生まれました。

父親がドイツ人ということもあり、家庭内ではドイツ語が使われており、母語はドイツ語といわれております。

ハンガリー出身ではあったもののハンガリー語だけは覚えなかったそうです。

その時代的な背景としても当時生粋のハンガリー人でさえもドイツ語しか話せなかった人も珍しくなかったといわれます。

1820年からウィーンに出てベートーヴェンの弟子だったツェルニーにピアノを師事し、サリエリから作曲を学びました。

その後、23年からパリに移り、パリ音楽院入学を試みたが外国人という理由で校長のケルビーニに入試を拒否され、音楽院はあきらめ、作曲をF.パエール、A.ライヒャに学びます。

リストは243月にパリでピアニストとしてデビューしましたが、たちまち大成功を収め、その名はイギリスまで伝わり、以後、リストはヴィルチュオーソ・ピアニストとしてヨーロッパ各地を演奏して回るほどの人気を博します。

晩年は世界から集まる若きピアニストたちに囲まれて生活していたそうです。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月21日金曜日

フランツ・リスト / ラ・カンパネラ


みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

今回オススメする曲は盲目のピアニスト辻井伸行さんが演奏していたことでも知られているフランツ・リストのピアノ曲「ラ・カンパネラ」とフランツ・リストという人物についてご紹介したいと思います。


この曲はリストの曲の中でも超絶技巧を要する代表曲とされております。

リストが生前ピアノの魔術師とも称されるほどの腕前で、作曲編曲した曲も自身の技術を最大限に駆使する難曲が多いそうです。

そんなリストの曲の中でも代表的な曲の一つとされているのが「ラ・カンパネラ」です。

もともと「ラ・カンパネラ」はイタリア語で「鐘」という意味でこの曲はヴァイオリニストのニコロ・パガニーニ(以下、パガニーニ)が作曲した「ヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調Op.7、第3楽章 ラ・カンパネッラ(鐘のロンド)」をもとにリストがピアノ用に編曲しました。

パガニーニはロマン派時代に活躍したヴァイオリニストです。

超絶技巧を駆使した演奏が特徴でヴォルトゥオーソといわれる超絶技巧の演奏家たちの先駆者としてもてはやされました。

リストが初めてパガニーニの演奏を生で聴いたとき、凄すぎる演奏技巧に大きな衝撃を受け、パガニーニのヴァイオリンでの超絶技巧をピアノで表現しようと編曲を始めた訳です。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月13日木曜日

フレデリック・ディーリアス / ラ・カリンダ

みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

今回ご紹介する作品はフレデリック・ディーリアスのラ・カリンダです。


ディーリアスは1862年にイギリスに生まれました。

両親はドイツからの移民で本格的に音楽を学んだのもドイツだと言われています。

そのため純粋なイギリスの作曲家なのかと疑問を抱くとこではありますが、ディーリアスの作る曲は英国の調べなのです。

ディーリアスが最初に成功を手にしたのはやはりドイツで、1890年代終盤からハンス・ハイムをはじめとする指揮者がディーリアスの作品を紹介していました。

その後、ディーリアスは独自の技法を確立していきましたが、その音楽の人気は上がり下がりを繰り返し批判の的にもなっていたりします。

しかし浮遊感のあるディーリアスの曲はとらえようのない、つかめない、でもちゃんとメロディーとして残る何ともいえない感じに魅了される人は多いようです。

ラ・カリンダは歌劇コアンガの挿入曲であり、フロリダ組曲という作品の一部として使われていたものを、コアンガというオペラ作品に転用したものです。

どこか悲しく寂しい舞曲ですが、くっきりとしたわかりやすいこの曲が特に好きだという人も少なくありません。

ディーリアスの世界観にゆったり引き込まれてみるのもいいですね。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月11日火曜日

ヘイノ・カスキ

みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

今回は北欧の作曲家ヘイノ・カスキをご紹介します。

カスキは1885年にフィンランドで生まれ、巨匠シベリウスの弟子として師事していました。

北欧の作曲家といえばシベリウスやグリーグなどの有名な作曲家がいるため、弟子であるカスキは自国以外にはあまり知られた存在ではなかったようです。

たしかにカスキの曲は主張や個性があまりなくメロディが印象に残りにくいのです。

しかし、繊細さや優しさなど感受性豊かなカスキの曲にハマる人も少なくないようで、最近では日本でも積極的にカスキの曲が演奏されるようになり、再評価されつつあります。

1歳になる前に亡くした母の繊細な性格を受け継いだカスキは、とてもデリケートな感受性を持ち、独身を貫き交友関係もごく少数に限られていました。

1957920日、72年の生涯を閉じたわけですが、奇しくもその日はシベリウスが92年の生涯を閉じた日でもあり、世間はだれもカスキの死に気づくことはなかったそうです。

最後まで孤独で寂しい生涯だったカスキの曲が2020年の現代で演奏され、再評価されていることはとても嬉しく感じます。

ぜひ一度繊細で感受性豊かなカスキの曲を聞いてみてください。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月6日木曜日

小倉末子


みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

今回は国際的ピアニスト第1号の日本人をご紹介します。

みなさんは小倉末子というピアニストをご存知でしょうか。

日本の西洋音楽の歴史上、海外で評価された初めての日本人ピアニストといっても過言ではありません。

1891218日東京の牛込に生まれ、194453歳で亡くなりました。

8歳からピアノの英才教育を受け、12歳のときピアノが好きすぎてピアノの部屋に誰も入れさせなかったというエピソードがあります。

1906年に神戸女学院音楽科に進学し、1910年に卒業した。

その後、東京音楽学校(東京藝術大学)に入学し、義姉の奨めで渡独。

1914年になると第一次世界大戦が活発になり、やむなく渡米し、コンサートに出演してはニューヨーク・タイムズで取り上げられるほど称賛されました。

25歳のとき帰国し、母校でもある東京音楽学校の講師として勤務し、教授にまで昇りつめました。

東京音楽学校を退職したあと、睡眠薬の飲みすぎが原因で死去。

残念ながら末子の音源が残っておらず、太平洋戦争末期に亡くなったことからあまり知られていない存在になってしまったのではないかと言われています。

日本人初の国際ピアニストの演奏をぜひ一度聞いてみたいものです。

それではまた。
阿加井秀樹

2020年2月4日火曜日

テオドール・エステン / 人形の夢と目覚め

みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。

今回ご紹介する作品はテオドール・エステンの人形の夢と目覚めです。


テオドール・エステンはドイツの作曲家でピアノの教師でもありました。

エステンは子供のころから音楽に触れ、管楽器や弦楽器で演奏することを覚えていました。

19歳になるとベルリンでボーマーやルンゲンハーゲン、シュナイダーやA.W.バッハなどに作曲を教わったとされています。

その後、ベルリンで引く手あまたのピアノ教師として活躍しました。

そんなエステンが作曲したこの人形の夢と目覚めはピアノ初心者向けの練習曲としてもよく活用されています。

これは優れた人気のあるピアノ教師だったエステンが生徒たちのためにと考えた工夫があったためかもしれません。

もしかしたらどこかで聞いたことあるなーと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの曲の一部が、とある給湯器のお知らせに使用されているのです。

タイトルどおり、かわいらしいお人形が子守唄に誘われて眠りに落ち、夢の中で目覚め楽しく踊る、そんな穏やかで心休まる作品です。

給湯器のお知らせの音でピンときた方もそうでない方も人形の夢の中で癒されてみませんか。

それではまた。
阿加井秀樹

阿加井秀樹が紹介する「ハンガリー舞曲5番」

 みなさんこんにちは。 阿加井秀樹です。   今回はヨハネス・ブラームスの「ハンガリー舞曲5番」についてご紹介します。   ヨハネス・ブラームスが作曲した全21曲からなる「ハンガリー舞曲集」の中でも、とりわけ人気が 高く、一度聴けば忘れられない旋律を持つのが「ハンガリー舞曲第5番...